プロセスの論議を忘れたトヨタへの提言

前号でトヨタさんに反省を求めるコラムを掲載したが、反省ばかりを求めていても問題沈静化の兆しは一向に見えて来ない。むしろ、米国ではリコール隠し疑惑など問題の本質がえぐり出され、ますます混迷の色を深めており、今回のリコール問題でトヨタが信頼を回復させるまでには相当なエネルギーを必要とするであろう。

報道では、トヨタが強くなり過ぎたためにアメリカの政府及び自動車業界からの反撃が根底にあるといったトヨタ同情論や、最初の問題発覚後のトップの対応遅れが確かに問題を大きくしてしまったというリスク管理面での指摘がある。トヨタがワシントン対策として投じているロビー活動コストは10年前の7倍強にもなっているとの記事もあった。しかし、リスクマネジメントやロビー活動が弱かったから、問題がここまで拡大してきた訳ではない。この「失われた20年」もの間、いわゆるトヨタを代表とする日本企業の特質にメスを入れない限り、今後も同じような問題が続出してくると思われる。日本のカイゼンは、部署単位の無駄の排除、効率アップ、コスト削減には役立ったが、お客様起点での全体最適までは革新できていない。問題の根はそこにあると思う。要するに、日本では、この20年間、業務プロセスの議論ができていないのではないだろうか。

日本では、プロセス(業務)が、プロシージャー(手続)、アクティビティ(活動)、アクション(行動、実行)、タスク(作業)、ファンクション(機能)と混同されて使われている。直訳の“工程”や“過程”という意味で用いられることも頻繁だが、例えば、『製造工程におけるカイゼン』は、単に手続の見直しをしているに過ぎないレベルだったりする。海外では、『プロセスは、価値を生み出す活動の連鎖』という定義に基づき、価値を生み出す最適化へのあらゆる業務プロセスのあるべき姿について徹底的に議論されて来た。その業務プロセスの観点から、今回のトヨタのリコール問題を捉えてみたい。

『市場・お客様の把握』プロセス...トヨタは、最も『マーケットイン』の進んだ企業として知られている。すなわち、お客様の要望を徹底して聞き、その最大公約数的な回答をモノ作りに確実に生かしていく面では、トヨタの右に出るものはいなかった。だが、果して、本当にそうだろうか。最初に、フロアマットの事故が発生した際にも、はじめは『不良ではない』との発表をしたが、その後の一連の動きを見ても、マーケットインの姿勢というより、プロダクトアウト的な説明に終始した。

『開発・設計』プロセス...「品質はトヨタの生命線である」という説明を何度も聞いた。だが、実態は、多くの部品がベンダーの開発力に依存し、電子制御部分のような組込みソフトの設計すらも派遣社員にて行なわれていると聞くと、開発・設計の技術力そのものにも疑念を抱かざるを得ない。

『製造・物流』プロセス...Just-in-time(JIT)、カンバン、アンドンといった様々な生産方式を生み出し、まさに、『見える化』推進のトップ企業として崇められて来た。だが、これもバリューチェーンの観点から見直すと、トヨタ本社だけはムダ・ムリ・ムラ無く綺麗に見えるが、実は、そのしわ寄せが多くのベンダーや取引先に及んでいるのではないだろうか。トヨタの取引先から、『非常にハッピーである』という声は余り聞こえて来ない。

『マーケティング・販売』プロセス...最近、こども店長を起用したりして、話題作りには事欠かない(私自身は、若年層の商品化に拍車をかけるような姿勢には異議があるのだが)。
だが、ドイツの競合のTVコマーシャルでは企業のビジョンや姿勢を高らかに表明しているのに対し、トヨタはエコ減税という国の施策に便乗しているだけで、『品質を生命線としている』マーケティング戦略は伝わって来ない。100年に一度といわれる大不況の中でどのようなマーケティングや販売戦略を実行すべきなのか、末端のディーラーのセールス担当に及ぶまで業務プロセスは明確になっているだろうか。若者が車離れをしていると言われるが、そのための長期戦略も見えない。電気自動車の未来についても同様である。

『お客様サービス』プロセス...ディーラーは車を売るまでは必至だが、一度、契約が終わると既に次の顧客獲得に猛進し、売った後のサービスは今一つ、というのはトヨタに限ったことではない。『お客様第一』というのは掛け声だけで、実際には、販売台数や管理コスト削減が評価指標となっているために、手のかかる木目細かなアフターフォローには行き届かないというのが実情だ。

以上のようなビジネスの根幹を成す基幹プロセスと共に、管理・サポートの業務プロセスも忘れてはならない。

『人事・人材開発』プロセス...今回の問題で、世界市場での拡大を急いだあまり、人材育成が伴わなかった、との社長説明があった。これは日本企業全般に言えるが、実は、日本は「首切りをしない」といいながら、人材の育成にはそれほど熱心でなかった。大不況となると研修費等が真っ先にカットされる。GEの年間900億円という数字は破格としても、隣のサムスンにもこの点では敵わない。採用、育成、評価、給与、人事といった全ての人事関連プロセスを根底から見直さないと、良い頭脳はどんどん海外へ流出し、日本企業の(経営)競争力そのものが落ち込むことになる。単に、安い労働力を求めて日本式の工場移転を進めるだけでは、勝ち目はない。

『経理・資産管理』プロセス...今回の問題は、直接的には、これらのプロセスとは余り関係しないと思われる。だが、リスクマネジメントの観点から見れば、深く関わりが出てくる。前述での様々なプロセスにおけるリスクが、強いては財務リスクにまで及ぶ結果を招いたのである。リスクを単に経理上の観点から捉えるだけでなく、全ての業務プロセスで、価値を最大にあげるために何をどうすべきか、という議論と同時に、「その妨げとなるリスクをプロセス毎に考える」ことが重要である。文書化がされているからリスク統制ができていると考えるのは早計であることに気付かなければならない。

『システムマネジメント』プロセス...トヨタともなれば生産から販売まで膨大なスケールのシステムが存在するであろう。だが、今回は、情報の統合的な一元管理ができていないことを露呈した。日本でも、この失われた20年で、それなりのIT化はかなり進んだと思われる。だが、本来は、まず業務プロセスのあるべき姿が議論されて、さらにそれぞれのプロセスが最大価値を生むために必要な情報やナレッジの議論が行われるべきだったのに、十分なプロセスの議論がないまま、パッケージによるシステムの導入ばかりが進んだ。システムを活用する人の意識・行動改革もなかったので、単に器が揃っただけで、魂は注入されなかった。まさに、人がシステムに使われるという結果を招き、持ち場を担当するだけの専門家として機能するだけで、全体システムの把握さえできなくなってしまったのだ。また、韓国企業の多くにCKO(Chief Knowledge Officer)が存在するのだが、果して、トヨタに存在しているだろうか。CIOがカバーしているようでは、今回の対応が遅れてしまったのもやむを得ない。

『関係マネジメント』プロセス...系列グループだけでなく、政府、生活者を含む全てのステークホルダーとの利害関係をしっかりとマネジメントするプロセスである。日本では、このあたりの捉え方も極めて希薄である(インフラビジネスの海外大型案件で、日本が失注しているのは、この辺りにも一因がありそうだ)。日本国内では、トヨタを頂点として系列傘下を抑えることが可能だが、海外となると、日本流のやり方は通用しない。もっとプロセスとして何が必要であるかを学ばなければならない。

『改善・改革』プロセス...企業は継続して改善をしていかなければ存続が危うくなる。トヨタは日本型カイゼン方式ではベストを実現できたかもしれないが、海外においても同じ手法を持ち込んで成功したかに見えたが、今回の問題で、根本からトヨタ方式に疑問が投げかけられた。改善・改革は、社員の一人ひとりが自立的にその気になって実行していく以外に道はない。時には、思い切った改革が必要であるし、それを確実に定着させるための改善アプローチも大切である。そのバランスをどのように実現していくか。これもプロセスとして捉えると具体的な解が見えてくる気がする。今回の問題を教訓に、トヨタがプロセス全体を見直し、新たな革新にチャレンジしていくことを願ってやまない。
頑張れ! TOYOTA

カテゴリ:コラム 更新:2010年2月24日

経営スタイルに関する考察、”おしんこ”と”サラダ”

日本的経営スタイルは“おしんこ”

osinkos

“おしんこ”を作る時、具となる野菜は、樽や壺の中に漬けられ、醸成するまで一定期間ジーっと耐えて待たなければならない。
その間、具は外界と遮断され、重石の重みに耐えかねても反発もせずに、黙々とひたすら待つのである。
具の本来の持ち味や新鮮さは次第に消滅し、いつの間にか具全体が同じような独特の臭いと風味に染まるのである。
熟成して食べられるようになるまで、それなりの時間を要する(スピードが遅い)ことになるが、漬かり具合の判定には個々の家の年季(勘と経験)が求められる。

欧米的経営スタイルは“サラダ”
salad

クローズド型の日本の“おしんこ”に対し、欧米は“サラダ”的といえる。
オープン環境の下で、素材や具はいつでも自由に柔軟に変更可能だ。
古くなったり痛んだりすれば、簡単に取り除けばいいし、その日の気分で素材や具の追加や変更も簡単にでき、色とりどりの盛り付けも可能だ。
ドレッシングという調味料で和える時、それぞれの素材が有する本来の持ち味を尊重し、ドレッシングはその語源通り、あくまでも素材の引き立て役、すなわち、飾りとしての効果を発揮する。
ドレッシング自体もサラダを食する人の好みに合わせて、様々な種類が揃っている。
フレンチ、イタリア、中華風と国際色も豊かで、和風好みにもゴマダレ、青じそなど多彩であり、ドレッシングの作り方はレシピとして公開されている。

味付けとしてのトップマネジメント

dressing

この比喩でいう素材や具が現場の社員だとすると、今後のトップマネジメントの役割は何であろう。“おしんこ”の重石だろうか、“サラダ”のドレッシングだろうか?
企業文化という“味”の違いはあれどトップの役割は、漬物石として彼らを潰すことではなく、ドレッシングとして人材の能力と個性をフルに発揚させ、全体の調和を図って経営をまとめていくことといえないだろうか。
管理のための管理を横行させて現場を拘束したり、役割や責任を曖昧のまま放置したりするのではなく、現場に権限を付与(エンパワーメント)し、その代わりに有限責任(説明責任=アカウンタビリティ)を明確にする、という経営スタイルが必要である。

カテゴリ:コラム 更新:2010年2月14日

トヨタさん、大いに反省して下さい!

トヨタ車の品質問題が大きな注目を集めている。これまで日本製品の高品質の代名詞ともいわれたトヨタがこのような有り様である。トヨタの現状を憂うにあたり、15年ほど前に私がトヨタで経験したエピソードをふと思い出した。

<エピソードその1>
40歳でコンサルタントになり、少し経済的にもゆとりができて、人生初の車を買った。ペ-パードライバーだったため練習用にと身近なトヨタ車に決めた。トヨタのディーラー担当者の対応には合点の行かない不満な点が多々あったが、無事に納車となり、改めて、書類等に目を通すと『カスタマーアンケート』なる資料が出てきた。今後の改善になればと、それを送った数週間後の日曜の朝早く(当時は慢性的睡眠不足で週末は溜寝と決めていた)、玄関のチャイムにたたき起こされた。ドアを開けると、その担当セールスが、トヨタ本社より転送された私の書いたクレームレターのコピーを持って突っ立っていた。トヨタの行なったことは、単にコピーをディーラーに送り付け、セールスを謝りによこしただけである。勿論、私の不満が解消される筈もなかった。

<エピソードその2>
コンサルタントとしては、どうしてもトヨタに入り込んで、仕事をしたいとの思いがあり、当時米国で大ブームとなったBPRを売り込むために、私も頻繁にトヨタ本社詣でを行なった。当時は、私が所属していたアンダーセンのブランド力もあり、社内講演の機会を頂いたり、経営幹部ともお話しする機会を頂戴した。そんな折、ある技術本部長が、大きなグラフを持って相談に来た。そこには、細かな業務作業リストとそれを担当する人の時間ログが7年間に渡って記録してあった。その本部長から、『今年は、これらの作業を減らし、こちらの作業にシフトさせたいと考えているが、どう思うか』との質問を受けた。『これらは誰のために、どんな仕事をしているのですか』と尋ね、その説明に対して出した私の回答は、『これもあれも全てお止めになったら如何でしょう』だった。本部長は目を丸くされたが、『私にはいずれの業務も価値があるとは思えない』とまさに、現代の『事業仕分け』理由を説明した。当時のトヨタは、お客様視点であるべき仕事を根本から見直すBPR方式ではなく、これまでの全ての仕事を与件として捉え、あくまで改善するのを基本としていた。部署毎にカイゼンを基本とする姿勢は今でも変わらないのかもしれない。

<エピソードその3>
その頃、経理部長ともいろいろとカイゼンの話をさせていただいた。当時、経理部では、台帳と伝票、領収書等を検証する業務に大勢の人手が掛かっていた。『御社はジャストインタイム方式で、系列会社の部品については、その工場を出る際の出庫検査で合格になればトヨタ本社の組立ラインへの入庫検査はしないと伺っているが、一方、社員が出張した際の経理伝票や出金伝票については全数チェックするというのはおかしくないですか。他人が製造したものはノーチェックなのに、自社の社員が書いたものは全数チェックする必要があるのでしょうか』と指摘した。『さすが、いい提案を頂いた。ただ、トヨタのルールで、御社の提案を他の複数のコンサルティング会社にも見せ、一番安い見積りを提出した会社に仕事を出すこととしたい』との、返事を貰った。以降、私がトヨタへの営業を降りたのは当然である。

以来、15年もの時が流れ、今回のニュースが流れる直前にも、トヨタに関する話題が耳に入り、少々気になっていた。

<話題その1>
数年前、トヨタと取引をしている全ITベンダーが本社に呼ばれ、トヨタのCIOより説明があったそうである。『いつもお世話になっています。本日は遠くよりご参集頂き有難うございます。ところで市場がますます厳しくなっているので、皆様の企業にお支払いしているメンテナンス費用については、今後、現状の半額とさせていただきたい。それを了承いただけない会社様とは今後の取引を見直せて頂きたい。以上』といった主旨だったそうだ。集まったITベンダーは唖然としたものの、結局、このリクエストを呑まざるを得ず、今も泣きながらのお付合いをしているそうである。

<話題その2>
大手企業に技術者を専門に人材紹介・派遣をしている会社の役員とお会いした。それまで、派遣労働の問題は、製造部門の話だと認識していたのだが、実は開発・設計といった、製造メーカーにとって要となる業務についても、いまや過半数が派遣社員だというのである(電機業界)。『トヨタにいたっては、系列企業も含めると1:9くらいの割合で、圧倒的に派遣に頼っているのではないか』というのである。この話を聞いて、まもなく、今回の一連のニュースが急浮上してきた。

この15年間、トヨタは、日本のベストプラクティス企業ともてはやされ、トップは経団連の要職につき、GMの没落に伴い、いよいよトヨタの世界制覇が目前に迫った矢先にこのような問題が起きてしまった。兼ねてより、私は、根拠のないトヨタ賞賛の風潮には疑問を感じていた。別に、アンダーセン時代にジョブをくれなかったから恨んでいるのではない。どうも、現在の疲弊した日本経済の根っこにはトヨタを頂点とした経団連のこれまでの企業のあり方そのものに、重大な問題がある気がしてならない。

リーマンショック当時、日本の実体経済は強いから心配はない、とこぞって言っていた筈なのに、数ヵ月後には経団連企業はすかさずリストラを強化し、派遣切りのニュースが連日話題になり、不況への駆け足が始まった。<話題その1>の当時、最も稼いでいたはずの企業が、元栓を締め、『一切の出費凍結』宣言がグループ会社にまで及び、一気に不況感をあおってしまった。ストックNo.1企業がフロー経済の源流を断ったのだからその影響力は測りしれない。雑巾を絞るどころか、水が一滴も流れて来ないのでは、新たな消費が生れないのは当たり前である。

これまでの徹底したリストラやコスト削減は、輸出競争力を高め、その儲けできちんと税金を納め、国の委員会のポストを握るなど、ある意味では、大いなる成果をあげたが、実態としては系列子会社、ベンダー等の犠牲の上に成り立ってきただけで、大きなバリューチェーンは成立していなかった。所謂、『系列イジメ』が横行し、取引先は大手企業に切られるのを怖れ、じっと我慢するという、体制が築かれた。このように大企業を痛烈に批判することは、メディアも大広告主であるこれらの大企業に遠慮して、表ざたにはならなかった。そんな『病んだ沈黙』とも言うべき症状が、今日の日本の疲弊感の随所に現われている。

リーマンショック直後には、トヨタ系列の某自動車会社の海外事業部社員は、『トヨタからの通達で、当面、海外出張は全面禁止』となったそうだから、JALがおかしくなったのも肯ける(勿論JAL固有の問題があるのだが)。何か古めかしい日本的統制力でグループをまとめ、とにかく節約に徹し、その徹底したリストラに加え、上記のような、一方的なベンダー締め付け、先陣をきった派遣切り等、ひたすらコスト削減に努めた結果が、どうなってしまったのか、押して知るべしである。コスト削減は、同時に開発・設計における技術知の集積までも失わせてしまったのではないだろうか。

あえて、トヨタさんはじめ日本の大手企業に提言したい。独りよがりの儲け主義、実績作り、コスト削減一辺倒をお止めになり、もっとバリューチェーンの観点から、系列グループ、下請企業、国民(=消費者) 全体のバリューが最大となるために、全ての業務プロセスをもう一度徹底的に見直されては如何でしょうか。『コスト削減』の観点からではなく、如何に価値を最大にするか、という視点から。すなわち、お客様や取引先、従業員をまずハッピーにするために業務のあり方を総点検する。そうすれば、消費者も元気になり、取引先も楽しく取引ができ、めぐり巡って自社の信用も上り、利益に還元してくると、私は思うのだ。
頑張れ! トヨタ&日本のもの作り企業

カテゴリ:コラム 更新:2010年2月9日