八百長論議に”もの言い”

大相撲だけの問題にあらず 
かつて日本中を沸かしたあの大一番の取組も実は八百長だったとか、怪我等で体調が悪い時に「故意の無気力相撲」と呼ぶだとか、大相撲に関する話題がTVワイドショーの格好のネタとなっている。
しかしながら、考えてみれば、我々の周りには、八百長や無気力相撲のような現象が溢れている気がする。
テレビ局も、それを見ている視聴者も、大相撲だけを非難するのは的外れではないだろうか。
TV局がスポンサーの不祥事を余りストレートに報道しないという事実はよく知られている。
やらせ的な番組作りは言うまでもないし、バラエティ番組でも大御所芸能人の言動には周囲が異口同音に迎合している雰囲気が漂っている。

名ばかりの会議
ビジネス社会においては、業界の中の「談合」が八百長の最たるものだが、役員会なども典型例といってよいかもしれない。
社長と意見が異なる場合、堂々と自分の意見を発している役員がどれだけいるだろうか。部署内の会議でも、部署を跨いで取組むようなプロジェクトでも、お互いが遠慮したり、「見て見ぬフリ」をしたりで、ガチンコで真剣に議論を戦わすことがどれだけあるだろうか。

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ガチンコ勝負
日本人は何となく大勢に流れようとする志向が強い。
本番でのガチンコ勝負を避け、事前の根回しに時間を掛けたり、お膳立ての整った型通りの議事進行が行なわれたりする。
我々の日常における多くの勝負を見ていると、それこそ、「故意の無気力」そのものとしか言いようがない場面に遭遇する。
多くのスポーツが真剣みを伝えていることが多いが、視聴者は自分達のやるせない日常におけるストレス発散の場としてスポーツ観戦しているようにも思える。
このような観点から考えると、今回の件で大騒ぎすること自体が不思議に思えてくる。 Antofagasta .

カテゴリ:コラム 更新:2008年11月4日